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名古屋地方裁判所 昭和32年(ワ)1272号 判決

原告 渡辺合資会社

被告 三井信託銀行株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は名古屋市において発行する毎日新聞、朝日新聞および中部日本新聞に、各一回別紙記載のとおりの謝罪広告を掲載すべし。被告は社団法人名古屋銀行協会の名古屋手形交換所に対し原告の取引停止取消の手続をなすべし。被告は原告に対し金二百五十万円およびこれに対する昭和三十二年九月五日以降右金員の完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに金員支払の部分について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告会社は昭和三十二年四月十日頃訴外尾関善久から、同人が関係している会社の金融上の必要があるので一時原告会社の手形を貸与されたい旨の懇請を受けたので、これに応じ、

金額 二十五万七千円

支払期日 昭和三十年六月三十日

支払地および振出地 ともに名古屋市

支払場所 株式会社東海銀行車道支店

振出人 原告会社

とし受取人の記載のない約束手形一通を振り出し、これを一時貸与の趣旨で、右訴外人に交付した。(以下これを本件手形という。)

しかし、本件手形は右の事情のもとに振り出されたものであつたため、右訴外人はその交付を受けるに当り、支払期日には必ず同人において支払場所である銀行に現金を持参して支払い、原告会社には迷惑をかけない旨を確約したものであり、その後右手形は同訴外人により受取人を宝物産株式会社(同訴外人が取締役社長となつていた会社)と記入され、同会社から日東輸出ゴム製造株式会社(以下単に日東ゴムという。)に裏書譲渡されたが、右訴外人は原告会社との右の約束にかんがみ、日東ゴムに対し別に自己振出の本件手形と同額かつ同支払期日の約束手形一通を交付し、支払期日にはこの手形をもつて取り立て本件手形は取立には回さないよう依頼し、日東ゴムはこれを承諾した。(以下右訴外人振出の手形を尾関振出手形という。)そして、尾関振出手形は日東ゴムから取立に回り支払期日にその支払がなされたので、本件手形は当然原告会社に返還されるべきものであつたのである。

二、ところが、日東ゴムでは係員の手違いから本件手形をも取立に回したので、原告会社は直ちに右訴外尾関ならびに日東ゴムに連絡し、日東ゴムから早速取立委任先である被告銀行に本件手形の返却方を依頼したが、被告銀行がこれに対して適切な措置をとらなかつたため、結局本件手形は不渡の取扱を受け、そのため原告会社は名古屋銀行協会の名古屋手形交換所(以下単に名古屋手形交換所という。)から取引停止処分を受けるに至つた。その経緯は、次のとおりである。

すなわち、

(一)  本件手形はその支払期日である昭和三十二年六月三十日が日曜日であつたため、翌七月一日持出銀行である被告銀行名古屋支店により名古屋手形交換所の交換に付されたが、本件手形の支払場所である東海銀行車道支店(原告会社の取引銀行)にはたまたま当時原告会社の預金が不足であつたため、同日午後四時頃同店より原告会社に対して電話があり、本件手形が不渡となる旨通知して来た。原告会社は本件手形が取立に回ることは全く予想していなかつたので、この通知に驚き、右車道支店に対しては、本日は既に銀行時間後であるから翌早朝手形額面の現金を持参して支払をするかまたは適当な方法をとるべき旨返事するとともに、直ちに前記尾関に連絡し、また日東ゴム(東京都台東区浅草蔵前三丁目三番地所在)にも電話で連絡したところ、日東ゴムでは、係員の手違から取立に回つたものゆえ早速被告銀行蔵前支店に連絡して本件手形の返却を受くべき旨を原告会社に言明した。そこで、原告会社は、翌二日午前十一時頃日東ゴムに電話したところ、日東ゴムは同日朝銀行開店と同時に右蔵前支店に連絡して本件手形の返却方を依頼し、同店はこれを諒承して被告銀行名古屋支店に宛てテレタイプで「本手形は別途決済せるにつき不渡取り消されたき」旨通知したという返事であつたので、即刻被告銀行名古屋支店に電話して右事実を確かめたところ、右の如きテレタイプによる通知があり、そのとおり処理したという返答であつた。よつて、原告会社は東海銀行車道支店にも電話で右の事情を通知し、本件手形は返却されるものと信じて安心していたのであるが、数日後、従来手形で支払をしていた取引先から現金支払を要求され、はじめて本件手形が不渡となり原告会社が取引停止処分を受けたことを知つた。

(二)  そこで調査したところ、被告銀行蔵前支店は七月二日午前十時二十二分被告銀行本店発信のテレタイプで、被告銀行名古屋支店に宛て「カキダイテ ベツト ケツサイズミニツキ フワタリトリケシオネガイシマス」と発信し、名古屋支店では同日午前十時三十三分これを受信していること、名古屋支店が右電文を受信した時刻には本件手続はいまだ東海銀行の手中にあり、従つて右名古屋支店としては直ちに東海銀行に連絡し本件手形の返却を受け得べき充分な時間的余裕があつたこと、しかるに右名古屋支店は同日午前十一時二十分頃本件手形が不渡となつて東海銀行から戻つて来てこれを入手するまで何の措置もとらず、右入手後はじめて東海銀行車道支店に連絡し、次で名古屋手形交換所に予戒不渡届を提出し、その後さらにその撤回届を提出したこと等の事実が判明した。

(三)  以上の事実によれば、原告会社としては本件手形の返却を受けるため尽すべき措置はすべて尽したのであり、もし被告銀行名古屋支店がテレタイプによる通知を受けた後即刻手形返却につき必要な措置をとりさえすれば、本件手形の不渡および原告会社に対する取引停止処分は充分に防止ししえたものと認められる。従つて、本件手形の不渡とこれによる原告会社に対する取引停止処分とは、結局において、被告銀行名古屋支店がテレタイプを受信しながら手形返却について必要な措置を何等とらず、名古屋手形交換所に予戒不渡届を提出したことに基因するものといわざるをえない。(右名古屋支店は予戒不渡届の撤回届も出しているが、本件の場合は名古屋手形交換所の交換規則上撤回届が認められない場合であり従つて右撤回届は効力がないものであつた。)

三、思うに、手形の持出銀行は、該手形が別途決済されたことを理由として取立委任者から返却の依頼があつた場合には、即刻支払銀行に連絡して手形の返却方を求め、もつて手形の不渡を防止すべき義務があることは当然である。殊に、手形の実際取引においては、仮りに呈示の当日預金不足であつたとしても、交換所へ不渡届がなされる前であれば入金支払をして不渡を免れ得るのが一般の例であるから、まして本件手形の如く別途決済ずみのものであれば、入金の要もなく、当然不渡は免れ得るはずのものであつて、手形の持出銀行としては不渡防止のため万全の措置を講じなければならない筋合いである。しかるに、前示事実によれば、被告銀行名古屋支店は七月二日の交換開始時刻(午前十一時)前である午前十時三十三分にテレタイプを受信し、充分時間的余裕があるのに、漫然そのとるべき手続を放置し、支払銀行たる東海銀行に本件手形の返却を求めることもなく、また該手形の不渡になるのを阻止する方法を講ずることもなかつたのであるから、本件手形の不渡により原告会社になされた取引停止処分はまさに被告銀行の過失によるものといわねばならず、被告銀行は右の結果原告会社のこうむつた損害につき不法行為による賠償責任を負うものというべきである。

四、原告会社は伊吹肥鉄の名称で耕土培養の肥鉄製造販売を業とする有力な会社で、各府県農地改良課の嘱望があり、事業有望のため昭和三十二年春以来月産千二百トンを目標に施設の拡充に努力していたところ、本件取引停止処分により、手形による取引は一切不能となり、かつ取引上の信用を一挙に喪失し、遂に事業不能の状況となつた。そして、原告会社は右取引停止を受ける直前の昭和三十二年五、六月頃は取引銀行である東海銀行車道支店において一ケ月三百五十万ないし四百五十万円の手形による取引があつたものであつて、本件取引停止による原告会社の損害額は金五百万円に及んでいる。

五、よつて、原告会社は被告銀行に対し、右金五百万円の内金二百五十万円およびこれに対する本件訴状が被告会社に送達された日の翌日である昭和三十二年九月五日以降右金員の完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、信用を回復するための処分として、被告会社が名古屋市において発行する毎日新聞、朝日新聞および中部日本新聞に各一回別紙記載のとおりの謝罪広告を掲載することならびに名古屋手形交換所に対し原告会社の取引停止取消の手続をすることを求めるため、本訴請求に及んだ、

と述べ、被告の主張に対し、

一、被告は手形の返却依頼と不渡取消依頼の相違を強調するが、それは結局銀行の内部手続上の問題にすぎない。原告の主張は要するに本件手形は別途決済ずみのものであるゆえ何等取立の必要なきものとして日東ゴムから返却を依頼したというのであつて、その重点は「別途決済ずみのものであるゆえ」という点にある。テレタイプには「ベツト ケツサイズミ ニツキ フワタリトリケシオネガイ シマス」とあるが、発信当時被告銀行蔵前支店は本件手形不渡の事実は全く知らなかつたはずであるから、「フワタリトケシヽヽ」の部分は全然意味のないものと理解すべきで、被告銀行名古屋支店としては「ケツサイズミ」の点に注意し、本件手形はもはや取立の要なきものとして処理しなければならなかつたのである。返却依頼か不渡取消依頼かというような銀行の内部用語にこだわるべき問題ではない。

二、本件手形が仮りに不渡として処理すべき場合であつたとしても、被告銀行は名古屋手形交換所に対する届出の方法を誤つていた。すなわち、本件手形については、同交換所のいわゆる旧規定が適用される場合であつたのに、東海銀行はこれを誤つて新規定による予戒不渡届を提出し、被告銀行名古屋支店もこれを誤つて新規定による撤回届を提出し、その結果原告会社に対して取引停止処分がなされることになつたのである。そして、手形交換所に加入している銀行としては該交換所の規定について充分確めたうえ事務を処理する必要のあることは当然であり、手続が誤つたならばこれを是正して適当な措置をとるべきであるのに、被告銀行は右の如く誤つた届出をし、その後これを改めなかつたのであるから、この点においても、被告銀行には過失があるといわなければならない、

と述べ、証拠として、甲第一号証の一、二、第二号証の一、二、第三号証ないし第十三号証を提出し、証人尾関善久、渡辺周蔵の各証言および原告会社代表者訊問の結果を援用し、乙第一号証ないし第四号証の成立を認め(乙第一号証については原本の存在を含む。)、その余の乙号各証の成立は不知、乙第三号証および第四号証は利益に援用すると述べた。

被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因事実中、

一、は不知

二、のうち、冒頭部分については、本件手形が不渡の取扱を受けたことおよび原告会社がそのため名古屋手形交換所から取引停止処分を受けたことは認めるが、日東ゴムが被告銀行に本件手形の返却方の依頼をしたことは否認する。(日東ゴムは被告銀行に対し本件手形の不渡取消依頼をしたものである。)その余の事実は不知。(一)の部分については、本件手形が支払期日である昭和三十二年六月三十日が日曜日のため翌七月一日持出銀行である被告銀行名古屋支店により名古屋手形交換所の交換に付されたことは認めるが、日東ゴムが七月二日朝銀行開店と同時に被告銀行蔵前支店に連絡して本件手形の返却方を依頼したことおよび原告会社が同日午前十一時頃日東ゴムに電話した後即刻被告銀行名古屋支店に電話したところ、同支店がテレタイプによる通知があり、そのとおり処理したと返答したことはいずれも否認する。(日東ゴムが被告銀行蔵前支店に連絡したのは七月二日午前十時十五分頃であり、依頼の内容は本件手形の不渡取消依頼である。また、原告会社が被告銀行名古屋支店に電話したのは七月二日午後三時頃であり、同支店の返答の内容は「そのとおり処理した」というのではなく、「撤回の手配をした」と返答したのである。)その余の事実は不知。(二)の部分については、被告銀行蔵前支店が原告主張日時にその主張の内容のテレタイプを発信し、被告銀行名古屋支店が原告主張日時にこれを受信したこと、被告銀行名古屋支店が右テレタイプ受信当時、本件手形はいまだ東海銀行から返還を受けていなかつたことおよび被告銀行名古屋支店が名古屋手形交換所に対し本件手形の不渡撤回届を提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。(予戒不渡届を提出したのは東海銀行車道支店であり、被告銀行名古屋支店は同届を提出していない。)(三)の部分については争う。

三、は争う。

四、は不知。

二、被告銀行は原告会社が本件手形について不渡処分および取引停止処分を受けたことについて過失はない。すなわち、

(一)  被告銀行名古屋支店は七月二日午前十時三十三分被告銀行蔵前支店から「カキ ダイテ ベツト ケツサイズミ ニツキ フワタリトリケシ オネガイ シマス」なるテレタイプを受信したが、右電文は行内で授受を明らかにするためこれを授受簿に記載し、実際に右電文が本件の事務担当者の手もとに廻付されたのは同日午前十時四十分頃であつた。ところで、不渡返還の場合は、前日など事前に支払銀行から持出銀行に連絡予告があるのが通例であるのに、本件手形については、支払銀行である東海銀行車道支店から事前に不渡返還の予告もなく、また既に手形入手も間近な時間であつたため、被告銀行名古屋支店としては、不渡返還を確認したうえで処理することとした。そして、同支店は同日午前十一時二十分頃本件手形の返還を受けたので、即刻東海銀行車道支店に対し右テレタイプの電文をそのまま伝達したところ、同店は予戒不渡届の撤回手続方を依頼して来たので、被告銀行名古屋支店は翌三日手形交換開始直前に撤回届(七月二日附)を提出したのである。(この手続については、被告銀行名古屋支店から七月二日午後一時三十分被告銀行本店あて発信テレタイプで「預金不足ニヨル不渡後貴店依頼ニヨリ撤回」と打電し、右本店から更に被告銀行蔵前支店にその旨を電話通知をした。右電文の「撤回」というのは、撤回の手配をしたという意味である。また、同日午後三時頃、原告会社からの電話照会に対して、被告銀行名古屋支店が「撤回の手配をした」旨返答したことは前記のとおりである。)従つて、被告銀行名古屋支店としては、テレタイプによる依頼のとおり所定の撤回手続をとり、かつ、これについては事前に支払銀行である東海銀行車道支店に対し打合をし、手続として万全を期したものであつて何等手落ちはない。

(二)  原告会社が本件手形について取引停止処分を受けたのは、原告会社は名古屋手形交換所所定の取引停止処分臨時措置要項(いわゆる旧規定)により、既に昭和三十二年六月五日附にて手形不渡警戒通知を発せられていたものであつたところ本件手形について東海銀行車道支店により予戒不渡届の提出があつたため、旧規定の適用を受け、取引停止処分となつたのである。(原告は、被告銀行名古屋支店が予戒不渡届を提出した旨主張するが、これは誤りであることは前記のとおりである。)被告銀行としては右のように本件手形の不渡取消につき万全の措置をとつているので、原告会社が以前に右の如き警戒通知を受けた前歴さえなければ、本件手形の不渡により取引停止処分を受けることはなかつたのである。

三、被告銀行に過失があるという原告の主張に対しては、次のとおり反論する。

(一)  原告は被告銀行名古屋支店がテレタイプを受信しながら本件手形の返却依頼をしなかつたことが被告銀行の過失であると主張するが、被告銀行蔵前支店が日東ゴムから依頼を受けたのは前記のように本件手形の不渡取消依頼であり、被告銀行名古屋支店が被告銀行蔵前支店から依頼を受けたのも、「フワタリ トリケシ オネガイ シマス」というテレタイプの電文にも明らかなように、本件手形の不渡取消依頼であつて、返却依頼ではない。そもそも、銀行に対し手形の取立を依頼した場合における手形の返却依頼とは、手形が支払期日に呈示されない前にその手形を取り戻す手配をいうものであり、これに対して、手形の不渡取消依頼とは、既に手形が支払期日において支払のため呈示され、資金不足その他の理由により手形金を支払うことができず不渡となつた場合においてこの不渡処分を取り消すよう依頼することをいうものであつて、両者に対する銀行の取扱は根本的に相違している。本件手形の場合、もし返却依頼とするならば、右依頼は本件手形が支払のため呈示される前(本件手形が交換に付されたのは支払期日(休日)の翌日である七月一日午前であるから、その前日の営業日である六月二十九日まで)になされなければならなかつたのに、日東ゴムが本件手形につきはじめて被告銀行蔵前支店に連絡したのは既に本件手形が支払のため呈示された後である七月二日午前十時十五分頃であり、もはや返却依頼をする余地のない時間であつたのである。さればこそ、日東ゴムは、残された手段として本件手形の不渡取消依頼をし被告銀行はこれに応じて前記のように即時不渡取消の措置を講じたものであるから、被告銀行には過失はない。

(二)  原告は本件手形は別途決済ずみのものであるから、入金の必要はなく、当然不渡は免れ得るはずのものであると主張するが、これは支払の必要性と不渡措置とを混同している見解である。右両者は全く別箇の観念であり、本件手形がその支払期日前取立依頼者である日東ゴムの返却依頼により取り戻された場合は格別、然らずして一旦支払のため呈示され手形金が支払われなかつた以上、不渡の取扱を受くべきことはいうまでもない。

(三)  本件手形が別途決済ずみのものであるから、入金の必要はなく、当然不渡は免れ得るはずのもので、手形の持出銀行としては不渡防止のため万全の措置を講じなければならない筋合いであるとの原告の主張が、もし、被告銀行に非合法的手段に訴えても不渡を免れる手配をする義務があることを主張するものであるとすれば、被告銀行にはかような義務はない。すなわち、既に交換に付され不渡となつた以上は、当事者銀行はすべて交換所の規定に従つて手形を処理することを要し、依頼返却または再交換等の非合法的措置をとることは、仮りに内密に行つても交換所規定違反であり、絶対に許されない。従つて、時間的余裕があるから支払銀行と馴れ合つて本件不渡を暗から暗に葬るとか翌日の再交換に附するというが如きは、何等被告銀行の義務ではない。

(四)  原告は東海銀行および被告銀行が名古屋手形交換所に対する届出の方法を誤つたと主張するが、先ず東海銀行が提出した予戒不渡届に関しては、予戒不渡届につき新規定、旧規定の区別のないことは規定上明白であるから、これを旧規定による予戒不渡届と解して一向にさしつかえない。次に、被告銀行名古屋支店が撤回届を提出したのは東海銀行の指示によつたものであり、被告銀行名古屋支店としては撤回届を提出すれば不渡の取消ができると解していたのである。本件においては、原告会社が既に警戒期間中であつたため撤回届はその効がなかつたのであるが、原告会社は被告銀行の取引先でもなく、また名古屋手形交換所における一ケ年の不渡件数は六、七万余にも及び到底その不渡先を一々知悉することは不可能であるので、原告会社が何回不渡を出しいつ警戒処分を受けたか、更にそれが新規定によるものか旧規定によるものか等を被告銀行名古屋支店が知らなかつたことは何等とがむべきことではない。

(五)  なお、原告は被告銀行名古屋支店が撤回届を提出したことにより原告会社が取引停止処分を受けた旨主張するが、本件の場合は、原告会社が警戒期間中であつたため、東海銀行が預金不足による予戒不渡届を提出したこと自体によつて即時絶対的に取引停止となつたのであつて、撤回届の有無に関係なく、取引停止が確定したのである。従つて、撤回届の提出は取引停止を促進したものではなく、かえつて原告会社が警戒期間にはいつていなければ取引停止処分を免れる可能性があつたのである。本件の場合、原告会社の救済方法としては取引停止解除申請以外にはなく、被告銀行名古屋支店は昭和三十二年七月五日東海銀行車道支店から電話で原告会社の取引停止解除方について照会を受けた際、「被告銀行名古屋支店としては出来得る限り協力するが、何分にも被仕向店であつて、解除理由の確認は蔵前支店へ移牒することとなるので直接蔵前支店へ連絡されたい」旨回答したのであるが、これに対して東海銀行車道支店は当座取引も解約したことでもあるからといつて、その後不渡解除手続につき被告銀行に正式依頼がなかつたのである、

と述べ、証拠として乙第一号証ないし第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし三、第七号証を提出し、証人中野秋雄(第一、二回とも)、荻野光也、鯨岡豺之郎、近藤正康、水野新一、浅野正安、岡野月美、鈴木保秋の各証言を援用し、甲第三号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、成立に争のない甲第三号証、証人尾関善久の証言により真正に成立したものと認める甲第四号証、証人尾関善久、同渡辺周蔵の各証言および原告本人訊問の結果を綜合すると、原告会社は昭和三十二年四月頃訴外宝物産株式会社代表者尾関善久の依頼により同会社に宛て本件手形を振り出し交付し、同会社はその後これを日東ゴムに裏書譲渡したこと、右手形は右宝物産株式会社が他でこれを割り引き金融を受けるための融通手形として振り出されたものであつたため、同会社は原告会社からその交付を受けるに当り原告会社に対し、支払期日には同会社が支払場所である銀行に現金を持参して支払をし、原告会社には迷惑をかけない旨を確約したものであること、その後右訴外会社代表者尾関善久は日東ゴムに対し本件手形と同額かつ同支払期日の約束手形一通を同人個人名義で振り出し交付し、支払期日には該手形をもつて取立をなし、本件手形は取立に回さないよう依頼し、日東ゴムはこれを承諾したこと、しかるに日東ゴムは尾関振出手形も本件手形もともに取立にまわし、尾関振出手形については支払期日にその支払がなされたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。そして、本件手形が支払期日である昭和三十二年六月三十日(日曜日)の翌日たる七月一日被告銀行名古屋支店により名古屋手形交換所の交換に付されたところ、不渡となり、そのため原告会社が名古屋手形交換所から取引停止処分を受けたことは、当事者間に争のないところである。

二、原告は右取引停止処分を受けるに至つたのは被告銀行の過失に基くものであると主張するので、先ず、右処分に至る経過について考える。

(一)  原本の存在および成立に争のない乙第一号証、成立に争のない乙第三号証ならびに証人荻野光也、同鯨岡豺之郎、同近藤正康、同水野新一、同浅野正安、同岡野月美、同鈴木保秋、同渡辺周蔵の各証言(ただし証人浅野正安、同岡野月美、同鈴木保秋、同渡辺周蔵の各証言については後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、次の事実が認められる。

日東ゴムは昭和三十二年四月二十三日頃被告銀行蔵前支店に本件手形の取立を委任したが、同手形は支払地名古屋市、支払場所東海銀行車道支店であるため、その支払期日の約十日前である同年六月二十日頃右蔵前支店から被告銀行名古屋支店に送付され、同支店は前記のように七月一日これを名古屋手形交換所の交換に付した。そこで本件手形は同日支払銀行である東海銀行の手に移り、午後一時頃同銀行車道支店に運ばれたが、同支店が原告会社の預金高を調査した結果預金不足が判明したので、午後四時頃同支店から原告会社に対し電話でその旨を連絡した。原告会社は本件手形振出の際訴外宝物産株式会社との間に前記のような約束があつた関係上かかる事態を予期しなかつたので、右支店に対しては、本件手形は取立には回らぬはずのものゆえ早速関係先に連絡すべく、もし連絡がとれなければ翌早朝現金を持参して支払をするかまたは何等かの方法をとるべき旨返事するとともに、直ちに前記尾関に電話したところ、同人は不在であり、午後十時頃再び同人に電話し、右の事実を連絡するとともに、本件手形の取戻方を依頼した。そこで、同人は直ちに電話で日東ゴム(東京都台東区浅草蔵前三丁目三番地所在)にその旨を伝達したところ、日東ゴムは、本件手形は係員の手違いから取立に回つたものゆえ翌日早速取戻の手配をすべき旨を返答した。次で翌二日午前十時過ぎ頃、日東ゴムの山川社員が被告銀行蔵前支店を訪れ、本件手形は不渡になつたが原告会社と話合いがついたので不渡取消の手続をしてほしいと依頼したので、同支店はこれに応じ、午前十時二十二分被告銀行本店経由で被告銀行名古屋支店に宛て、「カキダイテ ベツト ケツサイズミニツキ フワタリトリケシオネガイシマス」とテレタイプにて打電し、該電信は午前十時三十三分右名古屋支店に到着した。そして、同電信はテレタイプオペレーターが受信簿に記入したうえ、午前十時四十分頃同支店預金係長近藤正康の手もとに届けられたが、本件手形の不渡については東海銀行車道支店から何の通知もなく、かつ手形入手も間近い時間であつたので、同人は、手形を入手し不渡返還の事実を確認したうえ手続をとることとし、さしあたり別段の処置をとらなかつた。そうしているうち、午前十一時二十分頃本件手形が、預金不足につき支払しかねる旨の補箋が貼付され、なお支払銀行記入欄記入済みの予戒不渡届用紙(乙第三号証がこれに当る。)が添付されて、名古屋手形交換所から返還されて来たので、右近藤は直ちに預金係員水野新一に命じて東海銀行車道支店に電話せしめ、被告銀行蔵前支店からの前記テレタイプによる依頼の趣旨を伝達させたところ、右車道支店はこれに対し、東海銀行は既に予戒不渡届を提出済みであるので被告銀行名古屋支店において同不渡届の撤回手続をとつてもらいたい旨を回答した。そこで、被告銀行名古屋支店は、本件手形に添付されて来た前記予戒不渡届用紙の持出銀行記入欄に所要の記載をし、かつ同用紙の被返還銀行店舗記入欄(店名は東海銀行にて記入済み)に「撤回」の証印を押捺し、これに被告銀行名古屋支店名を記入するとともに責任者である前記近藤の印を押したうえ、これを翌三日の交換開始時刻前に名古屋手形交換所に提出し、もつて予戒不渡届の撤回手続をとつた。(以上の事実のうち、テレタイプの発受信の時刻およびその電文内容については当事者間に争がない。)

証人浅野正安、同岡野月美、同鈴木保秋、同渡辺周蔵の各証言および原告会社代表者訊問の結果ならびに甲第一号証の二の記載のうち上記認定に反する部分は証人荻野光也、同鯨岡豺之郎、同近藤正康、同水野新一の各証言と対比して措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  ところで、証人浅野正安の証言によつて真正に成立したものと認める乙第五号証の二、三に証人中野秋雄の証言(第一回)および原告会社代表者訊問の結果をあわせ考えると、原告会社は本件手形の不渡以前にも昭和三十二年四月三日金額十五万五千円の約束手形の不渡(不渡返還日同年三月三十日)により取引停止処分臨時措置要項に基き予戒不渡届を提出されさらにその後同年六月五日金額二十七万五千円の約束手形の不渡により名古屋手形交換所から右要項に基く不渡手形警戒通知書を発せられていたことが認められ、これに反する証拠はなく、他方、証人中野秋雄の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認める乙第六号証の一ないし三を綜合すると、名古屋手形交換所における不渡届および取引停止処分に関する手続はもともと名古屋手形交換所交換規則(乙第六号証の一)第二十二条において定められていたところ、不良手形の横行を排除するため昭和二十四年七月二十七日総会決議をもつて取引停止処分臨時措置要項(乙第六号証の二)なる特別規定が設けられ、同年九月一日以降は右交換規則第二十二条の規定にかかわらず当分の間これによることとなり、その後昭和三十二年三月二十七日総会決議をもつて予戒不渡届取扱規定(乙第六号証の三)が定められ同年五月十五日(不渡返還日のもの)から実施されたが、その附則第二項において「但し、取引停止処分臨時措置要項に基き予戒不渡報告したもの(本取扱規定実施後に通知したものを含む)は旧規定により処理する」と定めていることが認められるから、本件手形の交換所呈示当時原告会社には右取引停止処分臨時措置要項が適用され、もし原告会社に同要項に定める事由が発生したときは取引停止処分が課せられるものであつたと解されるところ、右乙第六号証の二によれば、同要項はその第四条(二)において、正規の警戒を受けた者(不渡返還日から起算し一ケ月後さらに二ケ月以内に予戒不渡届を出された者は正規の警戒を受ける)が該警戒を受けた後一ケ年以内に予戒不渡届を出された場合は直ちに取引停止処分にする旨定めているので、結局、前記認定の如く約一ケ月前に既に正規の警戒を受けている原告会社の場合もし本件手形について予戒不渡届が提出されればその事だけで直ちに取引停止処分が課せられるものであつたといわなければならない。

(三)  しかして、成立に争のない乙第三、四号証、証人浅野正安の証言によつて真正に成立したものと認める乙第五号証の一ならびに証人浅野正安、同鈴木保秋、同中野秋雄(第一回)の各証言を綜合すれば、東海銀行車道支店では交換により受け入れた手形は受入当日の営業時間中に不渡か否かを決め、不渡のものについては手形に不渡の補箋を貼付し不渡届を作成をする等の事務を完了し、翌日不渡返還手形を集めに来る本店資金部員にこれを交付する取扱になつていること、本件手形については七月一日午後四時頃同支店から原告会社に対し預金不足の旨を電話で連絡し、これに対し原告会社から、本件手形は取立に回らぬはずのものゆえ早速関係先に連絡すべく、もし連絡がとれなければ翌早朝現金を持参して支払をするかまたは何等かの方法をとるべき旨の返事があつたところ、その後同日午後六時頃原告会社から右支店に対し電話で、関係先への連絡がつかぬので本件手形は預金不足の理由で不渡返還をしてもらいたい旨の連絡があつたので、同支店は本件手形に預金不足につき支払しかねる旨の補箋を貼付することともに、二連式予戒不渡届用紙の右片(支払銀行提出分。乙第四号証)に所要の記載をして予戒不渡届を作成し(ただし最下部の日付欄のみ未記入)、なお左片(持出銀行提出分。乙第三号証)の支払銀行記入欄の記入および右両片の割印も行い、もつて当日同支店のなすべき事務手続を完了したうえ、翌二日午前八時三十分頃不渡返還手形を集めに来た本店資金部員に右手形等を交付したこと、その後東海銀行交換方は右予戒不渡届(乙第四号証)の未記入日付欄に昭和三十二年七月三日と補充記載してこれを名古屋手形交換所に提出し、同交換所はこれをもつて取引停止処分臨時措置要項第四条(二)に該当する場合とみなし、これを理由として同月四日原告会社を取引停止処分にしたことの各事実が認められ、これに反する証拠はないから、本件取引停止処分は支払銀行たる東海銀行の右予戒不渡届の提出が直接の原因となつて行われたものと認むべきである。(東海銀行交換方が名古屋手形交換所に予戒不渡届を提出した日時は、同銀行一部記入の二連式予戒不渡届用紙の左片(持出銀行提出分。乙第三号証)が七月二日午前十一時二十分頃本件手形に添付されて名古屋手形交換所から被告銀行名古屋支店に回付されて来たという既認定の事実および弁論の全趣旨から綜合して、七月二日午前十一時頃であると認められる。証人中野秋雄の証言(第一回)中この認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。(乙第四号証の最下部日付欄には昭和三十二年七月三日の記載があり、この日付は前記認定の如く東海銀行交換方が補充記載したものであるが、日付と実際の提出日とは必ずしも一致するものとは認められないので、右日付の記載はいまだもつて右認定を覆えすに充分ではない。)なお、東海銀行提出の予戒不渡届は予戒不渡届取扱規定所定の書式(乙第六号証の三、四十八頁所掲)によるもので、取引停止処分臨時措置要領所定の書式(乙第六号証の二、十九頁下段所掲)によるものでないから適式でなかつたうらみはあるが、名古屋手形交換所は前記認定のようにこれに基いて本件取引停止処分を行つたのであるから、同処分の直接の原因としてはやはり東海銀行の右予戒不渡届の提出を挙げなければならない。)

三、そこで進んで被告銀行の過失の有無について判断する。

(一)  原告は、本件取引停止処分は被告銀行名古屋支店が七月二日午前十時三十三分テレタイプを受信しながら手形返却について必要な措置を何等とらず、名古屋手形交換所に予戒不渡届を提出したことに基因するものであり、かように充分時間的余裕があるのに漫然そのとるべき手続を放置したことが被告銀行の過失であると主張する。

しかし、先ず、被告銀行名古屋支店が予戒不渡届を提出したとの点については、これを認むべき証拠がないので、これをもつて被告銀行の過失を云為することはできない。(原告は乙第三号証を被告銀行名古屋支店提出の予戒不渡届とするものの如くであるが、これは表面に明らかに「撤回」の証印が押捺してある点から見て、予戒不渡届の撤回届と認むべく(かかる方式による撤回が認められていることについては予戒不渡届取扱規定第五条の事務要領(乙第六号証の三、二十九頁所掲)参照。)、予戒不渡届とは認められない。もつとも、本件の場合、右支店がかような撤回届をなしえたかどうかの問題はあるが、それは乙第三号証に関する右の認定とはおのずから別問題である。)そこで右の点を除外してその余の原告の主張について考えると、被告銀行名古屋支店が七月二日午前十時三十三分テレタイプを受信し、これを午前十時四十分頃受領した同支店預金係長近藤正康が本件手形が名古屋手形交換所から返還された午前十一時二十分頃までこれについて別段の処置をとらなかつたことは前記認定のとおりであるので、これが被告銀行の過失と目すべき行為であるかどうかを検討しなければない。

ところで、手形の取立委任を受けた銀行がその後該取立に関し委任者から特別の依頼(返却依頼、不渡取消依頼等)を受けこれを承諾したときは、もとよりその依頼の趣旨に従い迅速適切に事を処理すべき注意義務があり、これを怠り漫然手続を放置し右依頼の事務を行うべき時機を失するが如きは過失の責を免れ難いものというべきであろう。しかし、右銀行が右依頼の事務を処理するに当り諸般の状況を考慮しその具体的状況のもとにおいて随時適切に事を処理する自由を有することも当然認めざるをえず、問題はその措置がその具体的場合において妥当であつたかどうかということだけであるから、右銀行が即時右依頼の事務を遂行しなかつたという一事をもつてしては直ちに同銀行に過失ありと断ずることはできず、更に進んでそれがいかなる事情のもとになされたものであるかおよびそれが当該場合における措置として妥当であつたかどうかを審究する必要があるといわなければならない。

そこでこれを本件について見るに、先ず、被告銀行名古屋支店預金係長近藤正康がテレタイプ受領後即刻別段の処置をとることをしなかつたのは、既に認定したように、同人において、本件手形の不渡について東海銀行車道支店から何の通知もなく、また手形入手も間近い時間なので、手形を入手し不渡返還の事実を確認したうえ手続をとるべく考えた結果であると認められる。そして、証人浅野正安および同鈴木保秋の証言中には東海銀行車道支店は本件手形の不渡に関し七月一日に被告銀行名古屋支店に連絡した旨の供述があるけれども、右はいずれも証人近藤正康および同水野新一の各証言と対比して措信することができず、他に東海銀行車道支店が被告銀行名古屋支店に対し事前に本件手形の不渡の事実を通知したと認むべき証拠はないので、前記近藤係長はテレタイプ受領の際本件手形の不渡の事実を確知していなかつたと認めざるをえず、他方、前記乙第六号証の一および証人中野秋雄の証言(第一回)を綜合すると、名古屋手形交換所の平日の交換開始時刻は同交換所交換規則上は午前十一時であるが(同規則第十条)、実際は予備事務を行う関係で社員銀行交換方は午前十時三十分頃から交換所に参集し、午前十一時前に交換手形の配付を始めていることが認められ、これに反する証拠はないから、右近藤係長がテレタイプを受領した時間(午前十時四十分頃)は間もなく交換が終了し不渡返還手形の入手を受ける時間であつたといわなければならない。これらの事実に、右近藤が受領したテレタイプの内容は明らかに不渡取消依頼であるという事実、昭和三十二年五月十五日以降は予戒不渡届取扱規定(乙第六号証の三)が施行され一般にはこの規定が適用されたという前記認定の事実および右規定第五条において予戒不渡届の撤回期間は不渡返還日より起算して営業日三日間とする旨定められている事実をあわせ考えると、右近藤がテレタイプを受領した際、前記のように考え本件手形の不渡返還を受けるまで別段の処置をとらなかつたのには一応理由があると認められ、同人が漫然その手続を放置したものとは認め難い。

もつとも、既に認定したように、原告会社は当時警戒通知を受けていたので予戒不渡届取扱規定の適用はなく、取引停止処分臨時措置要項が適用され、その結果あらたに手形の不渡を生じ予戒不渡届が提出されれば直ちに取引停止処分に処せられるという切迫した状態にあつたのであるから、原告会社をしてそのような最悪の事態におとしいれないようにするには、被告銀行名古屋支店としてなるべく早く行動を起す必要があり、本件手形の不渡返還を受けるまで待つていたのでは遅きに失するとはいいうる。しかし、証人近藤正康の証言によると被告銀行名古屋支店は当時原告会社が警戒通知を受けていたことを全く知らなかつたことが認められ、これを覆えすに足りる証拠もないので、同支店は当時原告会社が右のような切迫した状態にあることを知らなかつたものと認めるほかはない。そして、証人近藤正康の証言によると、右支店は従来原告会社とは何等取引がなく、本件手形に関しては被告銀行蔵前支店よりの被仕向店たる地位にあつたにすぎないことが認められ、他方証人中野秋雄の証言(第一回)によると、交換手形の不渡については名古屋手形交換所から加盟銀行に不渡通知ないし警戒通知がなされるが、昭和三十二年当時の同交換所における一ケ月の平均不渡手形件数は約五千件を数え、従つて不渡(または警戒)通知がなされた者の取引銀行でもなければ一々その者の氏名、商号等を記憶していることは不可能であることが認められ、いずれもこれを左右するに足る証拠はないので、これらの事実からすると、被告銀行名古屋支店が当時原告会社が警戒通知を受け前記のような切迫した状態にあつたことを知らなかつたからといつて、これを同支店の過失として責めることもできず、同支店が右不知のため本件手形の不渡返還を受けてから行動を始めても遅くはないと判断したことは同支店としてやむをえないものであつたといわなければならない。

そうだとすると、本件の場合、被告銀行名古屋支店が通常の場合における不渡取消依頼として不渡確認のうえその撤回手続をとるべく考えたことは妥当な措置であつたと認めざるをえず、その後右支店が本件手形入手後直ちに東海銀行車道支店に電話連絡し、その意向を聞いたうえ名古屋手形交換所に予戒不渡届の撤回手続をとつたことは既に認定したとおりであり、成立に争のない乙第二号証によると、被告銀行名古屋支店は本件手形に関し七月二日午後一時三十分被告銀行本店に宛てテレタイプで「ヨキンフソクニヨルフワタリゴ キテンイライニヨリテツカイ」と打電し、同支店が本件手形についてとつた措置についての報告をしたことが認められるから、被告銀行名古屋支店の本件手形に関する措置は首尾一貫して同銀行蔵前支店よりの依頼どおり不渡取消手続を行つたもので、通常の場合における事務処理としては特に非議すべき欠陥があつたものとは認め難く、これをもつて漫然手続を懈怠した過失であるとする原告の主張は採ることができない。(なお原告は被告銀行名古屋支店が手形返却について何等の措置をとらなかつたことを一つの過失と主張しているが、本件の場合依頼返却手続がなされえたかどうかは別問題として、ともかく被告銀行名古屋支店宛てのテレタイプの趣旨が前記の如く明らかに不渡取消依頼である以上、同支店がこれに従い、かつ東海銀行車道支店の意向も聞いたうえで予戒不渡届の撤回手続をとつたことは右に述べたように妥当な措置であつたというべきで、手形返却の措置に出なかつたことを過失と認めることはできない。しかして、このことは、右テレタイプ中に「ベツトケツサイズミニツキ」なる文言が存することによつても変ることはない。)

(二)  また、原告は、被告銀行名古屋支店は名古屋手形交換所に対する届出の方法を誤り、予戒不渡届取扱規定による撤回届を提出し、その後これを是正しなかつたことが過失であると主張する。

しかし、原告会社には当時予戒不渡届取扱規定の適用がなかつたことは既に認定したとおりであり、従つて右支店は同規定による予戒不渡届の撤回届を提出しえなかつたものといわねばならないが、本件取引停止処分は既に認定したように東海銀行提出の予戒不渡届が直接の原因になつたもので、被告銀行名古屋支店提出の予戒不渡届撤回届が原因をなしたものとは考えられず、かえつてもし原告会社が警戒通知を受けていず予戒不渡届取扱規定の適用を受ける通常の場合であれば右撤回届は不渡の効力発生を阻止する原因となりえたものと認められるから、右届出の誤りは本件取引停止処分との関係では特にこれを顧慮する意味はない。のみならず、右支店が右撤回届を提出したのは東海銀行車道支店(原告会社の取引銀行)とも打合せのうえであることおよび右撤回届(乙第三号証)が予戒不渡届でないことは既に認定したとおりであるから、これらの事実をあわせ考えると、被告銀行名古屋支店の右届出の誤りはこれをもつて同支店の過失と認めることはできない。

(三)  その他、本件取引停止処分に至る前記認定の経過に照らして考えても、同処分に関し被告銀行の過失を推断させる事実は認められず、結局、被告銀行に過失ありとする原告の主張は採用することができない。

四、以上の理由により、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内恒夫)

謝罪広告

貴社振出の約束手形につき当社の手違から不渡による取引停止となつたことは誠に申訳なく、当社の責任において右取引停止取消の手続をとりますからその旨広告してお詫びします。

三井信託銀行名古屋支店

渡辺合資会社殿

(右広告を新聞に掲載する場合の活字の大きさは、「謝罪広告」、「三井信託銀行名古屋支店」、「渡辺合資会社殿」の部分は五号ゴジツク、その他の部分は六号活字とし、二段抜きとすること。)

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